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『 善と悪について 』

The Book of 1 Peter 3:8-12

第一ペテロの手紙 3章8節~12節
3:8 最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。
3:9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。
3:10 「いのちを愛し、幸いな日々を過ごしたいと思う者は、舌を押えて悪を言わず、くちびるを閉ざして偽りを語らず、
3:11 悪から遠ざかって善を行ない、平和を求めてこれを追い求めよ。
3:12 主の目は義人の上に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。しかし主の顔は、悪を行なう者に立ち向かう。」
御言葉の解釈
10-12節は詩篇34:12-16からの引用です。
考えてみよう
神が嫌われる「悪」とは何でしょう。「悪」とは「本当なら善でなければならないところに、善が欠けていること」と考えてよいでしょう。悪は善と正反対のものではなく、本来「神が求めている善が欠けている不完全な状態」、または「そこから出る影響」であるとも言えます。

つまり、道徳的に、愛がなければならないところに愛が欠けていることが悪であり、信仰が求められているところに信仰がないのが悪なのです。同様に、優しさがなければならないところに優しさが欠けていることが悪であり、真実が語られなければならないところに真実が欠けていることが悪なのです。

また悪とは、冷たさや暗闇に似ています。冷たさは体で感じても、それは冷たさという独自の存在を持ってはいません。冷たさは、そのものが熱を失った状態のことを指すからです。同じように暗闇とは、光がない状態のことを指しています。冷たさも暗闇も、暖かさや光が戻ってくれば消滅してしまいます。

人間の心に、神が望まれている善や愛が欠けているのは、人間に罪の性質があるからです。人間は生まれる前から心に善が欠けているので、神の基準を満たした善の行動が取れないのです。問題は、わたしたちが善になりたいといくら願っても、なれないということです。その問題を解消するために、神は私たちをキリストと一つにしてくださいました。それによって、今まで善がなかった自分にキリストの善が足されていくのです。そしてその働きは私たちの生涯を通じて続き、最終的に私たちの中にある悪がキリストの善によって完全に埋められるのです(ピリピ1:6)。

クリスチャンは善の神の恵みの働きがあるから、この世が持つことのできない本当の善を表現することができます。それは、少しでもクリスチャンである人が増えれば、その数に応じてこの世に本当の善が増える、ということです。悪に満ちているこの世を本当の意味で変えることができるのは、もともと善が欠けている人間の努力ではなく、聖書の福音だけなのです。
  1. 注1) 聖書本文は新改訳聖書[(c)新日本聖書刊行会]を使用しています。
  2. 注2) 聖書本文を除く全ての配信コンテンツは東京キリスト伝道館に帰属します。これらの情報の無断使用(修正、複製、送信など)はご遠慮下さい。
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