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『 恵みと信仰と律法 』

The Book of Galatians 6:1-2

ガラテヤ人への手紙 6章1節~2節
6:1 兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。
6:2 互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。
御言葉の解釈
6:1 「あやまちに陥ったなら」=キリストの教え、聖書の世界観に反した生き方をしているなら、という意味。 「柔和」=自分を誇らないへりくだった心。
考えてみよう
キリストの律法を全うする行動のたとえとして、パウロは、「お互いの重荷を負い合うこと」を挙げています。その具体例として、聖書の世界観と一致しない生き方をしているクリスチャンの仲間の行動を神に対する愛に従って正す、ということが今日の聖書箇所に記されています。

道徳的に不完全な私たちが、相手の罪を指摘することは大変難しいことです。しかし聖書は、「罪のない人」が相手の罪を指摘しなさいと教えているのではなく、「御霊の人」であるあなたがたがするべきであると教えています。ここで「御霊の人」と書かれているのは、不完全でありながら、意図的に神に罪を犯さず、霊的な視点をもって物事を判断できる人のことです。その人は「柔和な心」を持ちながら相手に接することが前提となっています。

律法によって歩んでいる人にとって、罪びとに対して柔和な心を持つことは、極めて難しいことです。それは、律法を重んじる人は自分の努力に頼り、「罪を犯す人は、律法を守る真剣さと努力が足りない」と考えてしまうからです。しかし、キリストの律法を守る人は常に柔和な心をもって、過ちを犯している人に接することができます。なぜなら、その人は自分の義を前提に相手を正すのではなく、相手に神の祝福を体験してほしいという願い(隣人への愛)と、キリストの体である教会が健康になることで神が喜ばれることを願う気持ち(神への愛)を動機としているからです。

つまり、罪に陥っているキリストにある兄弟姉妹に無関心でいることは、神も人も愛していないということの表れです。キリストの律法を全うするということは、神を愛しているがために、人間関係がこじれる可能性をも受け入れて、相手に神の最善を願う気持ちを行動に移すこと、と言っても過言ではありません。神は、そのようにキリストの律法を全うする人を祝福し、その人を用いることで多くの人を滅びから救いに導きます。一方で、キリストの律法を守らない人は、神に用いられる喜びを体験できない人と言えるかもしれません。
  1. 注1) 聖書本文は新改訳聖書[(c)新日本聖書刊行会]を使用しています。
  2. 注2) 聖書本文を除く全ての配信コンテンツは東京キリスト伝道館に帰属します。これらの情報の無断使用(修正、複製、送信など)はご遠慮下さい。
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